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東京高等裁判所 平成11年(ネ)466号 判決

控訴人(原告) X

右訴訟代理人弁護士 谷萩陽一

同 安江祐

同 佐藤大志

同 椎名聡

同 五來則男

被控訴人(被告) 茨城県農業共済組合連合会

右代表者理事 A

右訴訟代理人弁護士 人見孔哉

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成四年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、控訴人が、別紙物件目録〈省略〉の建物(以下「本件建物」という。)につき、被控訴人との間で、共済金額を三〇〇〇万円とする火災保険の共済契約(以下「本件共済契約」という。)を締結したところ、本件建物が火災により焼失したので、被控訴人に対し、本件共済契約に基づき共済保険金三〇〇〇万円及びこれに対する火災の日の翌日である平成四年七月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。)

1  有限会社春山商店(以下「春山商店」という。)は、昭和五六年一二月一四日ころ、本件建物を新築し、その所有権を取得した(甲三)。

2  控訴人は、遅くとも平成四年四月一〇日ころから、春山商店の代表取締役である(甲九、乙二、弁論の全趣旨)。

3  春山商店は、本件建物等について、以下のとおりの火災保険契約を締結した(甲八、弁論の全趣旨)。

(一) 保険者 日本火災海上保険株式会社

契約締結日 平成三年一二月二〇日

契約種類 火災保険

保険期間 平成三年一二月二一日から平成四年一二月二一日午後四時まで

保険金額 本件建物につき一億二〇〇〇万円

(二) 保険者 日動火災海上保険株式会社

契約締結日 平成三年一二月一七日

契約種類 火災保険

保険期間 平成三年一二月二〇日午後四時から平成四年一二月二〇日午後四時まで

保険金額 本件建物内の商品につき五五〇〇万円

(三) 保険者 行方農業共済組合

契約締結日 平成四年四月一〇日

契約種類 短期火災

共済期間 平成四年四月一〇日から一二か月

共済金額 店舗につき三〇〇〇万円

(四) 保険者 茨城県火災共済協同組合

契約締結日 平成四年五月一日

契約種類 普通火災共済契約

共済期間 平成四年五月一日午後四時から平成五年五月一日午後四時まで

共済金額 本件建物につき二億円、什器及び商品につき各五〇〇〇万円の合計三億円

4  控訴人は、本件建物に関し、被控訴人との間で、以下のとおり本件共済契約を締結した。

保険者 被控訴人

契約締結日 平成四年四月上旬頃

契約種類 短期火災(甲一)

共済期間 平成四年四月一〇日午後四時から平成五年四月一〇日まで一年間(甲一、乙二)

共済金額 店舗につき三〇〇〇万円

共済掛金額 二万三一〇〇円

5  控訴人は、平成四年四月一〇日頃、被控訴人に対し、共済掛金二万三一〇〇円を支払った。

6  平成四年七月一日未明、本件建物で火災が発生し、春山商店の玉造店の店舗部分が焼失した(以下「本件保険事故」という。)。

二  主たる争点

1  控訴人には被保険利益があるか

(一) 控訴人の主張

本件共済契約にかかる建物共済約款では、三条一項において、共済目的物の範囲が「加入者の所有し又は管理する建物」と規定しており、また、三〇条では、「他人の所有する物を管理する者は、その支払うことがあるべき損害賠償のためにその物を建物共済に付すことができます。」と規定している。

控訴人は、春山商店の代表取締役として、同社に対し忠実義務を負い、春山商店所有の本件建物を現実に占有管理しているところ、その管理を怠った結果、火災等の保険事故が発生した場合には春山商店に対し損害賠償義務を負担することになるから、控訴人には被保険利益が存する。

(二) 被控訴人の主張

本件保険事故に基づく損害は本件建物ないし本件建物内の店舗が焼失したことに基づく損害であるから、その損害を被る主体は本件建物の所有者である春山商店であり、控訴人ではない。したがって、控訴人は、本件共済契約における被保険利益の帰属主体とはなり得ない。

2  時効の成否と中断の有無

(一) 被控訴人の主張

(1) 本件共済保険金請求権は、本件火災発生後三年を経過しているから、農業災害補償法八八条による三年の消滅時効が完成している。被控訴人は、平成九年一二月三日の原審の第一回口頭弁論期日において陳述された答弁書をもって、右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

(2) 被控訴人は、平成六年五月二日、控訴人に対し、控訴人主張の回答書(甲五)を送付しているが、これは、本件共済保険金の支払については別件の訴訟の結果を待って判断するという趣旨であるに過ぎず、債務の承認をしたものではない。

仮に、右回答により債務承認を認定されるとすれば、右回答がされてから三年を経過した平成九年一〇月二二日には再度消滅時効が完成しているから、控訴人は、平成一〇年五月一二日の原審第三回口頭弁論期日において陳述された同年四月一日付準備書面により、右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

(3) 控訴人の、信義誠実の原則による消滅時効援用の制限に関する主張及び被控訴人が控訴人に対し平成八年四月一七日に再度の債務承認をした旨の主張はいずれも争う。

(二) 控訴人の主張

(1) 本件共済保険金請求権について三年の消滅時効が完成している旨の主張は争う。

(2) 控訴人は、被控訴人に対し、本件共済保険金の支払を請求したところ、被控訴人は、平成六年五月二日、控訴人に対し、「本件火災についての別件の保険金の支払い請求について係争中であり、保険金の支払いは裁判所の裁決後に判断させていただきます」との回答をしており、別件の保険金支払が裁判所により認容された場合、その支払をする旨の債務承認の意思を表示しているから、これにより時効が中断している。そして、別件訴訟は、平成九年六月二日、訴訟上の和解で終了したから、消滅時効は、同日から進行を開始するというべきである

(3) 右(2)のとおり、被控訴人は、控訴人に対し、平成六年五月二日付回答書により、別件の保険金支払が裁判所により認容された場合、本件においてもその支払をする旨回答して、別件の保険金支払が裁判所により認容されるまでは任意に支払をする意思がない旨を明確にし、他方、別件の保険金支払が裁判所により認容されれば本件においても本件共済保険金の支払を受け得る旨の期待を控訴人に抱かせたものである。右事実によれば、被控訴人は、信義誠実の原則に照らし、右回答書の到達のときから再度消滅時効が進行したことを理由として控訴人の請求を拒むことはできないというべきである。

(4) 被控訴人は、平成八年四月一六日、控訴人が別件の訴訟の第一審判決が出たので本件共済保険金を支払ってほしい旨請求したところ、同月一七日、控訴人に対し、「判決が出たが茨城県火災共済協同組合は控訴するという意向なので、控訴審の結果を見て判断する。」旨回答した。これは、前記平成六年五月二日付回答書と同様に控訴人が債務承認をしたものであるから、消滅時効は中断している。

3  その他の争点

(一) 重複保険契約と債務免除の効力

(二) 本件共済契約は、後順位の重複保険契約として無効か

第三当裁判所の判断

一  争点1(控訴人には被保険利益があるか)について

1  火災保険は、保険事故が発生した場合に消極的にその損害をてん補するものであり、保険契約者あるいは被保険者に対し火災によって生じた損害以上の利益を積極的に供与するものではない。そのため、建物を火災保険の目的とする場合には、原則として、被保険利益は建物所有者に帰属することになる(最高裁昭和三六年三月一六日第一小法廷判決・民集一五巻三号五一二頁参照)。

前記第二、一1のとおり、本件建物は、赤倉商店が所有しており、したがって、本件建物に関する火災保険の被保険利益は原則として赤倉商店に帰属すると認められる。

2  これに対し、控訴人は、本件建物の所有者ではないから、本件建物が火災により焼失したことを原因として、その所有者である赤倉商店から損害賠償請求を受けるおそれがあるなどの特段の事情がない限り、本件建物に関する火災保険の被保険利益はないといわざるを得ない。

3  控訴人は、本件共済契約にかかる建物共済約款三条一項において、共済目的物の範囲を「加入者の所有し又は管理する建物」と規定しており、また、三〇条において「他人の所有する物を管理する者は、その支払うことがあるべき損害賠償のためにその物を建物共済に付すことができます。」と規定しているから、本件建物を管理する者には被保険利益があるところ、控訴人は、春山商店の代表取締役として、同社に対し忠実義務を負い、春山商店所有の本件建物を現実に占有管理しており、その管理を怠った結果、火災等の保険事故が発生した場合には春山商店に対し損害賠償義務を負担することになるから、控訴人には被保険利益が存する旨主張する。

確かに、控訴人が春山商店から委任されて本件建物を管理・占有しているため、過失により本件建物を焼失させることにより、春山商店から損害賠償責任を追及されるおそれがある場合には、自ら、本件建物に火災保険契約を締結し、春山商店からの損害賠償請求に備えることが必要であり、控訴人に被保険利益が存するということができる。

しかし、控訴人が、春山商店から委任されて本件建物を管理・占有していること及び本件建物の焼失により春山商店から損害賠償請求をされていること又はされるおそれがあることを認めるに足りる証拠は存在しない。すなわち、本件建物は、春山商店がその営業用店舗として使用し、自らが管理・占有している建物であり、控訴人は、その代表取締役として本件建物の管理・占有に関与しているに過ぎず、個人として、春山商店から管理・占有を委任されているわけではなく、また、前記第二、一3のとおり、春山商店は、本件建物について、合計三億五〇〇〇万円を限度とする火災保険に加入しており、しかも、本件火災は、右火災保険等の保険期間内に発生したものであるため、春山商店は、右各火災保険によって本件建物が焼失したことによる損害をてん補されることになるので、控訴人が春山商店から損害賠償請求を受けるおそれがあるとも認められない。その意味で、本件共済契約は実質上重複保険に当たるともいえるものである。そして、実際に、春山商店は、茨城県火災共済協同組合を被告として、本件建物が焼失したことを理由とする保険金請求の訴え(一審・水戸地方裁判所土浦支部平成六年(ワ)第一一号、控訴審・東京高等裁判所平成八年(ネ)第一八二〇号)を提起し、その控訴審において訴訟上の和解をし、合計三三〇〇万円(本件建物につき二六〇〇万円、商品・什器部分につき七〇〇万円)の支払を受け、損害がてん補されているのである(甲八、九、弁論の全趣旨)。

以上の事実にかんがみれば、控訴人は、本件建物を目的とする共済契約に関し、被保険利益を有するとは認められず、控訴人は、本件建物の焼失により自ら何ら損害を受けたわけではないのにかかわらず、たまたま本件共済契約を締結していたことから、積極的に利益を得る目的で保険金請求をしているものであるといわざるを得ない。

4  以上の次第で、控訴人の請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がない。

二  よって、控訴人の請求を棄却した原判決は結論において正当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 萩原秀紀)

〈以下省略〉

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